夏の風物詩?


 今日の業務終了間際のことだった。
 日報と格闘する郁を隊長が呼び出したのは。
 そして郁が隊長室へと出向いた瞬間、悲鳴があがった。

「笠原っ!」

 隊長室の扉を蹴破らんとする勢いで堂上が入ってきた。
 少し間があいて手塚が、そして小牧が上戸に入りながら部屋の中へと足を踏み入れる。

「笠原、愛されてるな!」
「なっ!」
「あ、愛って!」

 にやにやとした笑みのまま、玄田は堂上と郁を交互に見つめ、二人の反応を楽しむ。
 そして赤面したままうろたえている堂上の額めがけ、手を振り下ろした。

「――いっ! なにするんですか!」
「まぁまぁ怒るな。それよりも――…ほら笠原これだ」
「わ〜わ〜わ〜! 本当だっ! 可愛い可愛い可愛い〜!」
「小牧っ! お前両手を離せっ!」

 額を手で押さえようとした瞬間、小牧がタイミング良く堂上の両腕を塞いだのだ。
 そしてそんな堂上の額に見入っている郁がはしゃぐ。

 赤い朱肉で押されたのはラブリーなクマのはんこ。
 それも特別仕様であるなまはげバージョンだ。
 なまはげになっているクマの周りにくっきりと「わるいこはいねーが!」と描かれている。

「隊長、これどこで売ってたんですか! 欲しいです!」
「折口に貰ったからな〜。どこで売ってるのかは知らん!」

 豪快に言い切れば郁は「あとで折口さんに聞いておいて下さい!」と嬉しそうに即答した。
 そんな二人のやり取りを見て暴れるのを諦めたのか、堂上が大人しくなった。
 そして気が付く。

「あれ? お前なに額につけてるんだ?」

 郁の額にもやはりラブリーなクマのはんこが押されていた。
 ただし台詞は「もうすこしがんばりましょう」のバージョンだ。

「隊長室に入った瞬間にこれ押されちゃったんですよー」

 えへへ、と照れ笑いする郁を見て堂上は視線をそらす。
 同時に後ろにいる小牧から「班長ー可愛いとか思ってるんでしょ?」などと突っ込まれていた。

 手塚は一人、なにがなんだか理解できていないのかぼけっと突っ立っていた。
 それを見逃すほど玄田は甘くないし遠慮という二文字は彼の中には存在しない。

「手塚〜」
「あ、はい」

 一瞬返答が遅れた手塚の額にも赤い朱肉のはんこが押された。
 ただし――…それはある意味一番災難だったと小牧は柴崎に写メールを送りながら付け加えていた。
 もちろん二人の写真もちゃっかり送信したあとで、だが。

「あっ!」
「うわぁああああ!」

 驚いたのは堂上で、歓喜の悲鳴を上げたのはやはり郁だった。
 小牧は堂上の腕を放し、すでに隊長室から飛び出して笑い転げている。

「も、もしかして………?」
「あぁ――…」

 気の毒そうに堂上が呟いた瞬間、別の場所からとどめの一言が放たれた。

「可愛い〜! 手塚のはたれ耳ウサギなんですね! これもいいなぁ〜」
「おう! あとは狐と猫のもあるぞ! 欲しかったら頑張れよ!」
「はい! 頑張りますっ!」

 嬉しそうに敬礼をし終えた郁は再び日報と格闘するため、自分の席へと戻る。
 呆然としたままの手塚は小牧に手を引かれながら、自分の椅子へ座らされ、そのまま机につっぷした。
 耳まで赤くなっていた――…と小牧は楽しそうに柴崎に報告したらしい。



 夏休みに入ってから、朝早くどこからともなくラジオ体操の音がするようになったのがきっかけだった。
 同時に特殊部隊のメンバーは「あぁ、もうそんな時期なのか」と悟るのだが、唯一の女子隊員である郁だけは違ったのだ。

「昔、ラジオ体操を終えたあとに貰えるはんこが欲しくて毎日頑張ったんですよねー。
 いいなー。もう一度欲しいなぁ〜」

 それを誰かが隊長に進言し、そのまま折口へ。
 話がのぼった二日後の昼には折口の名で玄田宛てに送られて来たのが今回のはんこだ。

「まぁそんなわけで夏休み期間中はこのはんこを日報印として使用するように。
 青いのが堂上ので笠原はピンクの箱のな。で、手塚は緑で小牧は黄色い箱のだ。
 堂上、ちゃんと使えよ!」

 脱力したままの堂上を隊長室から追い出して、玄田は大きな笑い声を出した。
 席についてから堂上は恐る恐るそれぞれの箱を開けたことを激しく後悔する。
 堂上と笠原のはクマ柄、手塚はたれウサギで小牧は狐。
 それもなぜか尻尾が9本あるバージョンで、だ――…。
 即座にその箱だけ蓋を閉めてしまったのは条件反射だろう。

「へぇ〜俺のはこんなんなんだ」

 手早く黄色い箱だけをしまおうとして小牧に取られた。
 ひんやりとした空気を感じながらも、「返せ」といえばあっさりと手のひらに箱を置かれた。

「笠原さん、折口さんからこのはんこの出所聞いたら俺にも教えてくれる?」
「あ、いいですよー。休憩中にでも折口さんに連絡してみますね」

 おそらく笑顔であろう小牧の顔が見れず、堂上は気持ちを切り替えるために席を立った。
 うなだれたままの手塚をその場に残して。

 後日、特殊部隊内でラブリーな動物のはんこを日報に押すのがはやったのは言うまでもない。



 そして――…なぜか手塚経由で柴崎にも動物のはんこが送られた。
 薄紫色の箱を開けた柴崎は「猫又なのね…」と呟きながらうっすらと笑みをこぼしたという。
 しかしそのことは堂上班のメンバーしか知らない。
 同時に顔を青くしながら手塚が呟いていた、ということも――…。


     〜 Fin 〜

【 Blog初出:2008/07/28 // 隊長宣言バトンより 】