その日、堂上班は館内担当だった。
そして昼過ぎ――…誰も気が付かなかったが小牧は不機嫌だった。
八つ当たりをしたいと思うくらいに。
最初に餌食になったのはバディを組んでいた郁だった。
とはいっても困るのは堂上なので小牧にしてみれば楽しみな見物が増えたに過ぎないが。
2番目に餌食にしたのは手塚だった。
数人の子供たちに登られていて困り果てていたのだ。
困り顔は貴重だな、ということで本人に気がつかれないように携帯のカメラで写真を数枚。
毬江のことでなにかと配慮してくれる柴崎さんに御礼の意味を込めて転送すればすぐさま「有難うございます」の返信が。
ほくそ笑んだあと、今来たばかりを装って手塚を助けた。
低く、「すみませんでした」という手塚の頭を撫でてあげればびきっ! と音と立てて固まった。
「…手塚?」
「――っ! す、すみません。驚いてしまって…」
「別に気にしなくていいよ? でも堂上は?」
「あ、いま向こうの書架でリファレンスをしているはずですが…」
「そっか。ありがとう。じゃぁ頑張って読み聞かせしてあげてね?」
そういって小牧は手塚に一冊の絵本を手渡した。
昇任試験の時に読み聞かせに使った本を――…だ。
「……はい」
うなだれた手塚も可愛いなぁ〜なんて思いながら堂上を探しに行く。
きっと今頃楽しいことになってるはずだから。
書架を2つ過ぎた頃、ぼそぼそと話し声が聞こえた。
耳を澄ませば聞きなれた同僚と部下の声に、上戸に入りそうになる。
――本当にやっちゃったんだ。ほんと…可愛いよね。
王子様の卒業宣言をしたあと、微妙に堂上の機嫌が悪かった事は知っていた。
理由を知っているだけにつつきたくて仕方なかったけれど、ほどほどに構う程度でやめていた。
小牧につつかれてなるものか、と頑なになっていた堂上を見るのが楽しかったからだ。
――それに。
笠原さんならちょっとしたアドバイスをするだけで色々と堂上に対してやらかしてくれるからほんと楽しいんだよね。
薄く笑いながら姿を見られないよう、こっそりと隣の書架に移動する。
そして耳を澄まさなくても二人の高揚とした声が聞こえてきた。
「まったくお前はなにを考えてるんだ!」
「なっ! 別に変なこと考えてなんかいませんよ!」
「じゃぁなんであんなとこでこっ恥ずかしいことをしたんだ! アホウか貴様は!」
「阿呆じゃないです! 別に恥ずかしいことなんかしてませんもん!
第一教官には関係無いじゃないですか!」
一瞬、息を飲む気配を二人から感じた。
――あぁ、本当にどうしてくれよう。この二人は。
本当に可愛くて愛しくて仕方ない。
上戸に入りそうなのを必死に我慢しながら、二人に声をかけた。
いま来たばかりで話は知らないという顔をしながら。
「あぁ。二人ともここに居たんだ。堂上、笠原さん連れて行くけどいい?」
「――…あぁ」
堂上と対面するように姿を現したのだから当然、郁は堂上に背を向けるようになる。
それを分かってて郁を連れていくのだ。
苦虫を潰したような、それでいて少し寂しげな表情をしたままの堂上をほっといて。
「じゃぁ笠原さん行こうか?」
「は、はい!」
にこりと笑えば、あからさまにほっとした彼女が居た。
――あぁ〜。今夜は荒れるだろうなぁ。楽しみだけどね。
夜。タイミングを見計らって堂上の部屋に押しかけた。
いつものようにノックをせずに扉を開ければすでに出来上がって不機嫌な堂上が居た。
――やっぱりね。
「珍しいね。まだこんな時間なのに」
「ほっとけ!」
「なんかあったの?」
話してみなよ、と暗にほのめかすが真一文字に結ばれた堂上の口からはう〜という唸り声だけしか出てこなかった。
どうやら本人はかなり不貞腐れているようだ。
「――…笠原さんがらみ?」
びくりと体が揺れた。
どう見てもその動きは肯定でしかなく、堂上はしぶしぶ話し始めた。酔っ払ったまま。
曰く、あまり人の来ない書架での出来事だったらしい。
リファレンス作業を終えた堂上が、脚立に乗りながら書架に本を返していた最中、たまたま同じ書架に本を返しに来た郁が一瞬ははにかんだまま嬉しそうに「教官」と呼んだ――…のだと。
これについて堂上に突っ込んだら「あぁ嬉しかったよ! 悪かったな!」という返事が来た。
そして目を伏せたままキスをねだるような仕草をしたらしい。
「それでもうするな、とか言ったの?」
「当たり前だろう! 他の奴らが見たら勘違いするわ!」
「…したんだ、班長は」
「五月蝿いっ!」
その仕草はキスをしたかったんじゃない。
届きにくい場所に本を返すときに目をつぶったまま手を伸ばすと入れやすいよ――…と小牧がもっともらしく助言したからだ。
もちろん言い合っていた直後の彼女から「怒られちゃいました…。なんで駄目なんでしょうね? 入れやすかったのに」という呟きは聞いている。
手塚の困り顔も可愛かったけれど、彼女の表情もまた可愛らしいと思えた。
恋愛感情的な意味はなく、年下のそれも弟や妹に対する気持ちで――での可愛らしさだけど。
「でもいいもの見れて良かったんじゃない?」
「やかましいわっ!」
怒鳴ったあと、自室の扉を大きな音を立てながら閉めて堂上は逃げた。ロビーへと。
そしてすぐさま小牧は上戸の世界に入った。笑いすぎて頬の筋肉と腹筋が痛くなるまで。
そして小牧は呟く。
「毎日顔を見れるんだからいいじゃないか――…。
あぁ〜毬江ちゃんに早く逢いたいよ」
小牧が不機嫌になったのは楽しみにしていた毬江とのデートがキャンセルされたのだ。
仕方ないのだ。学校の用事で出かけなければなったのだから。
でも――…とは考える。
いくら学校の用事とはいえ、男子生徒もいるらしいしのは毬江から聞いている。
文化祭の準備って言ってたけど、相手にしてみれば違うだろう。
――ま、偶然を装って逢いに行けばいい。
きっと近くに居るってメールすれば場所を教えてくれるのだから。
「逢えるように頑張っておかないとね」
誰も居ないのをいいことに冷ややかな眼差しを称えたまま深い笑みをこぼす。
容赦はしない――…という意味も込めて。
〜 Fin 〜
【 Blog初出:2008/07/28 // 小牧教官バトンより 】