柔らかく、柔らかく彼女は泣きながら微笑んだ。
その顔はすす汚れ、着ていた服は血に汚れて。
けれどそれらすら彼女を美しく見せる手段に過ぎなかったのだ。
戦いの中でこそ美しさを際立たせるどこかの女神のように――…。
「――…無事、だな?」
「は、いっ!」
節くれた指先でそっと彼女の涙をぬぐい、その温かさに生きている実感が湧く。
同時に出血による意識の混濁が近いことも…。
「お前の自慢の足で振り切れ。任せたぞ?」
「はいっ! …成功したら頭撫でて下さいね?」
「アホウか、貴様は!」
「ううっ〜」
唸る郁の襟元を引き寄せて、初めて郁からの口付けのように熱を交わす。
熱とともにその激しいほどの思いを、確かに郁は感じ取った。
「安心しろ。お前を置いて死ねるか」
「約束ですよ?」
「あぁ」
初めて口付けられたときと同じように、けれどその熱い思いは確かに堂上へと伝わった。
怪我をしたまま、愛しい人を置いての任務。
郁の脳裏には過去の事件がフラッシュバックする。
「郁…」
「わかってます」
普段から仕事に関しては公私混同をしないように気をつけていた堂上が名を呼ぶ。
呼ばれた郁は、その言葉のなかにたくさんのものがあるのを感じとった。
もう一度柔らかく微笑んで、そして次の瞬間腹をくくった。
いま、なにを自分がすべき事、そして優先しなければいけないことを再度確認するように。
――あぁ。その表情は好きだな。
まっすぐ、ただまっすぐに前を見詰めることをやめないその視線。
その身が血で汚れたとしても、それすらを飲み込もうと必死になる姿を。
今にも泣きそうなのを我慢しているのにも関わらず、その瞳には激しい炎が見て取れたのだ。
「行けっ!」
「はいっ!」
腹をくくると同時に凛とした空気を身にまとい、郁は弾丸のようにその場から駆け出した。
彼女の背を見送りながら、堂上は頑張った彼女へのご褒美でも考えないとな、などと怪我人にあるまじき考えをしながら混濁してゆく意識に身を委ねた。
酷く穏やかな笑みをたたえたまま――…。
〜 Fin 〜
【 初出:SNS-2008/10/22 】