世界を彩っていた色の中に少しだけ鈍い色が加わってから1ヶ月。
吐く息の白さも徐々に白さを増し、頬を撫でてゆく風の冷たさが身にしみる季節となった。
「光、こっちは準備できたわよー」
「あぁ、持ってきてくれ」
「わかったわ」
なんだかんだと付き合いのいい旦那を思い、笑いがこみ上げる。
いま、麻子の足元を温めているのは今月にはいって直ぐに光の兄である慧から贈られてきたものだ。
それも俗に言うアニマルスリッパというもので、なおさら笑みが止まらない。
――どんな顔して注文したんだか。
届いた荷物を光に開けさせたとたん、彼が思いっきり顔を顰めたのだ。
ぼそりと思いっきり低い声で「兄貴の野郎っ…」という声はしっかりと麻子の耳に届いた。
麻子がとかれた荷物を見た瞬間、旦那の上司でもある彼並みの上戸を爆発させる。
律儀に黒いアニマルスリッパが2足。
それぞれ質感が違うのは模された動物が違うからで、より柔らかいと感じたのは大きなサイズのスリッパの方だった。
手触りに関してはどちらも甲乙つけがたいくらいに気持ちよくて、麻子は2つのスリッパの撫で心地を楽しんでいる。
「相変わらずいいセンスしてるわねぇ〜」
「どこがだっ! 嫌がらせだろうがっ!」
「そう? でもこれ凄く気持ちいいわよ?」
おそらく自分のサイズであろう方の黒いスリッパを箱から取り出して気が付いた。
まだその下にダンボールが入って居たからだ。
「あら?」
2足分のスリッパを取り出して床に置けば、無言のまま光が中のダンボールを開け始めた。
この時期、肌が乾燥しやすい麻子にとって紙類は鬼門に近いのを知っているせいだろう。
こういうさりげない優しさに、麻子の頬はほんの少しだけ赤くなったような気がする。
「……こんなもん贈りつけやがって! なに考えてるんだあの馬鹿兄貴っ!」
怒りに身を任せて震えたままの光の手元を覗き込み、ぶぶっと盛大に麻子は吹いた。
スリッパと同じ素材が使われているであろう動物の耳と尻尾のセットが入っていたのだ。
それも、おそらく弟である光のほうが明らかに特注品で。
「相変わらずあのお兄さんに愛されてるわねぇ。あんたって」
「どこがっ!」
「ん〜全部?」
小首をかしげながらの答えに、びりしと音を立てながら硬直した光を見てあの人の真の目的を悟った。
この間、ウサギの格好をさせた写真を送ったお礼――いや、催促なのだろう。
本人は嫌がるだろうから、とりあえず寝ている最中に1枚撮ってしばらくはそれで我慢して貰おうかしら?
お礼にきっと可愛い光の写真をくれるだろうし? なんて思っていることを悟られないように笑みを深くする。
「光は付けないの?」
「い・や・だ・っ! 遊ばれてたまるかっ!」
わざわざ一音ごとに区切って拒否を示した光は前回のことでよっぽど堪えたようだ。
よくよく見れば光の肩が怒りで微かに震えている。
「あたしも一緒に付けるって言っても?」
「うっ…」
「ねぇ、どうしてもダメ?」
ううっ――と唸るのは光自身の心が揺れ動いている証拠だ。
自分自身で付けるのは嫌だが、麻子が付けた姿は見たいらしい。
――さて、どうやって落そうかしらね。
綺麗な笑みをより深くして麻子は光を見つめ続け、光はその場から逃げたい衝動に駆られた。
たとえ逃げられないと知っていても――…。
〜 Fin 〜
【 初出:SNS-2008/12/12 】