雨のように


 啄ばまれるだけの優しい口付けはいつも踵を浮かすことなく盗まれる。
 その直後のはにかんだ手塚の嬉しそうな笑みは麻子にとって見惚れる一瞬の一つだ。
 けれど、目を伏せたあとの視線は簡単に麻子の動きを止めてしまう。
 射抜くほどに鋭い視線に抗うことすら出来ず、胸が高鳴ってゆくのを止められない。

 ――光の癖に!

 何度そう思ったのか、そして何度そう思わせられたのか。
 見た目とは裏腹に恋愛ごとには疎いくせに、いざというときには天然っぷりを発揮して麻子を翻弄するのだ。

 そして更に行為は進む。
 節くれた大きな手が麻子の頬を撫で、抵抗が無いことをいいことに更に口付けが長く、そして深くされてゆく。
 逃さないように腰を抱き寄せながらも、痛くない程度に緩められた空間は酷く気持ちがいい。
 なにより唇が離れた瞬間の手塚の吐息はやけに色っぽいのだ。
 さらにかすれた声に囁かれ、耳元で囁くよういはかれた吐息に脳が揺さぶられ、心が切なくなる。
 手塚から与えられる好意の一つ一つが優しくて、そしてあの時に叫んだ言葉を忠実に守ってくれていることに目頭が熱くなる。

 いつだったか笠原が言っていた。
 何度だって篤さんに惚れ直す――と。
 最初はただの惚気だと思ってた。でも違う。違うのだ――。
 そう言わずには居られない感情が体中を駆け巡り、言葉という見えない形となって溢れてゆくのだ。

 結婚して1ヶ月。
 今更ながらに、そしてありきたりかもしれないけれど麻子は本当の幸せというものを始めて感じ取れた気がした。

 だから、魔が差したのかもしれない。
 そうとしか言えないのだ。恥ずかしいことに。

 体の奥がじんわりと熱を帯び始めてきたのを感じながら麻子はついポロリと口走る。
「恵みの雨のようね」と。
 空から降る雨は大地を潤し、命を育む。
 同じように手塚からの口付けはいつも上から降ってくる。
 そして麻子の体だけでなく心すら潤してゆくのだ。

 ――愛しいと思う心すら溢れるほどに。

 けれどたまに思う。
 笠原が言っていた下から喰らい尽くされるかのような激しい口付けもされてみたい――と。

 いますぐ、でなくていい。
 先の楽しみは多いほど、嬉しいのだから。
 だから今日も麻子は手塚からの口付けの雨を受け止める。
 満たされて、満たしてゆく心地よい口付けを――。


     〜 Fin 〜

【 初出:SNS-2009/11/28 】