指先の熱


 連日の猛暑のせいでへばっていた郁が外で涼を求めようとロビーに出て来た時だった。
 不意に堂上から声をかけられたのは。

「笠原、ちょっといいか?」

 いつもどおり眉間に皺をのせたまま堂上が親指で外を指す。
 同時に、がっちゃんと音を立てながら自販機からペットボトルが落ちてくる。

「大丈夫ですけど…」
「なら付いて来い」
「あ、待って下さいっ!」

 急いで自販機の取り口からペットボトルを取り出してサンダルに履き替える。
 次の瞬間にはすでに堂上の姿は入り口になく、郁はあわてる。

「あれっ?」
「こっちだ」

 きょろきょろと辺りを伺っていた郁に声がかかる。
 あまり大きくない声で呼ばれた方へと振り向けば堂上が腕を組みながらその場に立っていた。

 ――うげっ! 仁王立ちじゃん!

 頭の中で今日一日の訓練内容を思い出す。
 珍しく今日はヘマせずにすんだと喜んでいたのに。

 ――うっわー。もしかしてあたし怒られるの決定?

 堂上が待つ人影の無い場所へと異動すれば、ため息をつかれた。

「教官…?」

 むっとしながらも郁は恐る恐る声をかける。
 どうせ怒られるなら早く怒られて手短に終わらせて貰いたい。

「笠原」
「は、はいっ!」

 無意識に緊張していたせいいか語尾が高くなり郁は顔を赤らめた。
 自分を叱咤しながら、郁は反射的に顔を俯かせた。

「お前――…」

 そっと堂上の指先があまり日に焼けていない首筋をなぞる。

「うひゃぁ!」
「――…すまん!」
「あ、いえ…大丈夫です……。急に触られたからびっくりしただけで…」
「そうか? ならいいんだが…。もう一度触るぞ?」
「――…はいっ」

 ぎゅっと力を込めてしまった郁の体―首筋―に少し高めの体温を感じた。
 それが堂上の指先だと理解した瞬間、郁は羞恥心で心がいっぱいになった。
 郁の体温だって急に上がったはずだ。けれど堂上はあえて触れずに話を続けた。

「ここ、痛いか? うっ血してるからどこかにぶつけたんだろうが…。
 それとも蚊にでも刺されたか?」
「うへっ? え、あっ…そこですか???」
「あぁ」
「………痛くも無いですし、ぶつけた覚えはないので蚊ですかね?」
「そうか…」
「ここがどうかしましたか?」
「セクハラになり兼ねん発言になるんだが――…いいか?」

 堂上の変な発言に郁は恐る恐る顔を上げて驚く。
 珍しく堂上が顔を赤らめているのだ。眉間の皺はそのままなのに。

 ――うっわー! め、珍しいもんみた!

「刺された場所が場所だからな…」
「はぁ…」
「目に毒だし。なによりそれで浮き足立ってる隊員達が居るんでな…。
 出来るなら対処してくれないか?」

 手で口元を隠した堂上から、小さく「くそっ」という言葉が聞こえてきた。
 どうやらこの件について、堂上ではない別の誰かからの注意も入っているらしい。

「すみません。明日から気をつけます」
「すまんな…」
「いえ。あ、でも…もしかして隊長とかかに?」
「まぁそんなとこだ」

 心底、不本意だという表情を崩さないのはきっと隊長が絡んでいるんだろうと思えた。
 でなければここまで苦々しい顔はしない。

「教官…」
「なんだ?」
「余計な手間、取らせてすみませんでした」

 きっちり腰を折って謝れば堂上から「気にするな。お前が悪いんじゃない」という台詞が返ってきた。
 わしゃわしゃと両手で頭を撫でられびっくりする。

「わーせっかくセットしてあるのにっ!」
「どうせ寝るだけだろうが!」

 ふくれっ面で居たら頭を二度叩かれた。ぽんぽんと。
 うっかり堂上の表情をばっちり見てしまった郁は慌てふためいた。
 滅多に見られない笑顔を惜しげもなく郁に向けているのだ。眉間の皺すらない状態で。

 ――笑顔付きだなんて反則だ!

 心の中で叫びながら郁の心拍数は一気に跳ね上がる。

「戦闘職種だからな、体に傷が出来るのは仕方ない部分もある。
 でも、付けなくてもいい傷は増やすなよ?」
「わかってます! 最近無茶してませんしっ!」
「ちゃんと案件は脳みそまで届くようになったようだな」
「なっ――!」

 にやりと人の悪い笑みを浮かべたまま、堂上はその場を去っていった。
 郁は郁で地団駄を踏んだものの触れられた場所を思い出して再度、顔を赤らめた。


     〜 Fin 〜