それは無意識に


 青緑色だった木々も赤や黄色へと色を増やし、時の移ろいを肌で実感出きるようになった秋晴れの日。
 分担していた家事を終え、郁がキッチンへと足を踏み入れた瞬間ふんわりとした甘い香りが漂ってきた。

「篤さんなにやってるの?」
「あぁ、ちょっとな」

 珍しく郁にそっけない態度をとりながらも鼻歌を歌いながら堂上は作業に没頭する。
 銀色のボウルの中に入っていたクリーム色の液体が泡だて器でかき混ぜられるたびに優しい白へと変わってゆく。
 そしてどうやら温められている手鍋には牛乳が入っているらしい。
 甘い香りの中に微かに牛乳の匂いがするのだから。

「…なに作ってるの?」
「プリンだ」
「えっ、プリン〜?」
「生クリーム入りのな」
「なんで急に…」
「――…なんだ無意識だったのか。昨日の晩飯のあとお前が呟いたんだよ。
 プリン食べたいなぁ〜って。だからだ」

 呆れ顔の郁に向かって堂上は優しく微笑んだ。
 郁は郁で嬉しさと恥ずかしさからテーブルに突っ伏したまま動かなくなる。
 もっとも堂上には耳まで赤いことがばっちり見えているのだが。

「初めて作るからちょっと勝手がわからんが、まぁ楽しみにしておけ」
「うん。そうする…」

 ――何度惚れ直させれば気が済むのだろうか。

 ことあることに堂上は郁を甘やかすのだ。それも嬉しそうに。
 一度どうして? と尋ねてみたことがあるのだが「そうしたいからだ」というそっけない答えだけが返ってきた。
 確かに郁自身も堂上に対してなにかしてあげたいという気持ちは多々ある。それが出来るかは別として。
 だから気持ちの上では理解出来るのだが、素直に喜べないときもあるのだ。

 ――なんだかいつもあたしばっかり甘やかされてる。
   せめて家の中くらいは対等で居たいよ。奥さんだもん。

 ぼんやりと堂上を眺めていれば「あつっ!」という声がした。

「篤さん大丈夫?」
「あぁすまん平気だ。ちょっと温めた液体が腕にひっかかっただけだから」
「そう――…」

 郁にはビシリという自分の体が固まった音がした。
 堂上がなにげなくした動作が脳裏に焼きついて離れない。
 腕にたれた白い液体を堂上がなめとっただけなのに。

「郁大丈夫か? 顔が赤いぞ?」

 顔を覗き込まれそうになった瞬間、郁は持ち前の瞬発力を生かしてソファーの陰に隠れた。
 とっさに堂上へなんでもない! と言えたおかげか堂上はこちらへと来る気配は無い。

 ――なにあれっ! なにあれっ!?

 呼吸をするのも辛いくらいの激しい動悸が郁を襲う。
 同時にさっき見たばかりのワンシーンが何度も脳裏で繰り返されて郁はへたりこむ。
 顔が赤い――…だけじゃない。全身が熱を帯びて熱いのだ。

 まるで――…。
 そう、まるで堂上の獣じみた熱視線に焦がされているかのように。


     〜 Fin 〜