「Trick or treat!」
「――おまっ!」
ハロウィンイベントように着替えたであろう魔女服の柴崎がにこやかな笑顔のまま、手塚に紙袋を見せた。
一瞬だけ見えたチッシャ猫のような笑みに気が付き、手塚は蛇に睨まれた蛙のように固まった。
過去の経験上、嫌な予感がしてならないからだ。
事の発端はいつものように郁のところに遊びに来ていた柴崎の提案だった。
実際には業務部からの正式な依頼になるのだが、まだ話をつける段階で隊長が悪ノリし始めたのだ。
火気類の使用が禁止されてから検閲の回数もぐっと減り、暇だったのも要因の一つだろう。
名目上は保安維持のため――とされているが実際に今まで参加出来なかった鬱憤が此処に来て爆発したらしい。
ただ一言「うちも参加するぞ!」と叫んだ瞬間、大の大人たちが一様に歓喜の声を上げ、同時に庁舎が揺れた。
もちろん隊の良心である堂上は隊長に食ってかかろうとした。
だが堂上の行動を見透かした先輩隊員達――筆頭は進藤だった――にあっさり阻まれ口を塞がれ発言出来ず、特殊部隊が業務部と合同でハロウィンイベントに参加することが決まってしまったのだ。
「あぁそうだ、笠原」
「はいっ!?」
どんな衣装にしようか、と考えていた郁の思考を止めるように緒形の穏やかな声が発せられた。
びくりと肩を揺らして驚いた郁をみて、緒形は一瞬だけ素の表情を浮かべ――直後、微かな笑みを浮かべる。
傍から見ればどこか親子のように見えるこのやりとりはどこか微笑ましいらしく進藤はにやにやとトム笑いを浮かべていた。
しかし小牧だけは気が付いてしまった。堂上の手が強く握りこまれていることに。
そして気がついてしまった瞬間、笑いが止まらず小牧は突っ込んだ。
結婚してからさらに心狭くなってない――? と堂上にだけ聞こえるように。
さらに手塚は手塚で郁とは対照に絶望的な表情を浮かべ、それが小牧のツボを付き笑いが止まらなくなる。
もっとも他の隊員にとって小牧の発作はいつものことなので誰も心配はせず、ただ一人訳がわからずきょとんとしている郁が見ているだけだったが。
結局、緒形から郁へ伝えられた指令は柴崎から衣装を受け取るように、とのことだった。
今回のイベントの件で柴崎が暗躍しているらしく、なぜか堂上班全員分が用意されているらしい。
柴崎に問えば郁の分を調達するついでだから――と返答が帰ってくるのが目に見えている。
それを知ってか男性陣3人はあえて衣装のことは深く考えないようにした。
もっとも堂上と手塚の2人にいたっては嫌な予感を感じていたが反論出来るはずもなく、思考を別の仕事で埋め尽くすことでこの件から逃避していたのだが。
そして翌日の朝、話は冒頭に戻る――。
「あぁ〜ら。手塚ぁ、そんな嫌な顔していいのかしらぁ〜?」
柴崎の猫なで声を聞いて咄嗟に立ち止まったのを手塚は悔やんだ。
――ツイてない。などと考えたのがバレればなにをされるか分かったものじゃない。
現に目の前の柴崎からは退路を絶たれ、逃げ場がないのだから。
「……お菓子なら無いぞ」
「知ってるわよ。だからこそじゃない」
手塚がため息のあとに伝えればさも当然のように答えが返ってきた。
綺麗に口角を持ち上げ、微笑む姿は万人が見とれるものだろう。
しかし、柴崎という人物を否が応にも熟知してしまった手塚にとってソレは恐ろしいものとなる。
「されたくないならコレ――着なさいね。あぁ、中身は更衣室に行くまで見ちゃ駄目よ?」
どこか妖艶さを称えた魔女姿の柴崎に逆らえるはずもなく、手塚は無言で紙袋を受け取り更衣室へと続く廊下を歩き始めた。
そして 思い切り顔を顰めた手塚をみて柴崎は更に笑みを深くした。
「残った方の衣装はあとで別の時にでも着て貰おうかしらね?」
今回手渡した紙袋の中には衣装が2種類入れられていた。
どちらも黒い動物を模した衣装だが、柴崎にはどちらを選ぶか分かりきっていたからだ。
「ウサギだけは断固拒否するでしょうからねぇ〜」
残り一つとなった郁用の紙袋を揺らしながら柴崎は思考を巡らせる。
狼の耳とふさふさした尻尾をスーツに合わせてチョイスしておいたのだ。
それらを身につけた手塚を想像するだけで柴崎は楽しくて仕方ない。
「さすがに首輪に鎖は無理だものねぇ」
質の良い首輪に鈍く光る銀色の鎖は映えると思ったのだがさすがに鎖は入れずにおいた。
楽しそうに、けれど少しだけ残念そうな呟きは誰かに聞かれることなく廊下に掻き消える。
「さて、もう一つのほうもちゃちゃっと着替えてもらわないとね〜」
魔女の衣装をひらりと揺らしながら柴崎は郁が待つであろう女子更衣室へ足を進めた。
堂上とお揃いの可愛らしい熊の衣装を見て絶叫するであろう郁を思い浮かべながら――。
〜 Fin 〜