月夜じゃなくても


 もともとはケルト人の収穫感謝祭だったものがいつしか日本でも季節のイベントとして根付いてから数十年。
 思い思いに仮装した子供達とそれを見守る大人たちも街中で良く見かけるものとなっていた。
 図書館でも例に漏れず毎年この時期になるとハロウィンのイベントが催されている。

 通年であれば良化隊との抗争を控えて特殊部隊はこのイベントには参加していなかった。
 が、火気や銃器が検閲抗争での使用が禁止されたために、今年からは業務部と提携して図書館内での保安維持のための業務にあたることとなった。

 もちろんコレに柴崎が噛んでいないはずがない。
 当たり前のように特殊部隊の部屋へと出入りし、当然のように隊長に直接進言したのだ。
 そして翌日の朝、玄田隊長はにやにやと人の悪い笑みを浮かべながら一言「やるからには徹底してやれ!」と言い切った。

 もちろん隊内で唯一の良心である堂上はこれに猛反対をした。
 反対の理由は堂上班のみがなぜが柴崎が用意した衣装を着ることとなっていたからだ。
 もっとも堂上の進言すらどこふく風状態の隊長に何を言っても無駄なのだが。

「いい加減堂上も諦めればいいのにねぇ」
「しかし柴崎が…」
「あー。うん柴崎が一枚噛んでる状態で何もないはずないもんねぇ」

 くつくつと面白そうに喉を鳴らしながら、上戸の世界から帰って来たばかりの小牧がしかたないなぁといった口調で呟く。
 手塚は手塚で今までの柴崎が発案でろくな目にあっていないせいかぽつりと勘弁してくれ、と呟いた。
 それが再度小牧を上戸の世界へと導いたが。

「柴崎から聞いたんですけど、なんでも堂上班の男性陣に関してのアンケートがあったらしいですよ?」
「アンケート? っ衣装かっ!?」
「へー。柴崎さんもやることがそつがないね」

 こっそりと業務部に属す女性達だけに行ったアンケートがあったらしい。それも8月末ごろに。
 それぞれに似合う衣装を発案し、その中から一番似合うと思うものを投票するという形だったらしい。
 良くも悪くも行動力のある柴崎を思い、一人手塚は顔を青ざめている。

「確か3人ともドラキュラだったらしいですよー? 聞いた話ですけれど。
 あ、でも柴崎が手塚には別のにしようかしらって言ってたかな?」
「…もの凄く嫌な予感がするんだが」
「似合わないものを選ばないとは思うけど?」
「マシな奴ならいいけどな…」
「ドラキュラねぇ。ま、仮装するのはけっこう楽なほうだからいいんじゃない?
 俺も毬江ちゃんを呼ぼうかな〜」
「女の子ってこの手の行事好きですから喜んでくれると思いますよ?」
「そうだね。予定がないかどうか聞いてみるよ。じゃぁ仕事に戻るから」
「あ、はい!」

 小牧はどこかうなだれたままの手塚を引き連れて、そのまま仕事へと戻っていった。



 秋晴れに恵まれたその日。
 待ち合わせ場所にいつまでも今日のバディである郁が来ないことを心配した堂上は足早に庁舎内を歩く。
 目指すは郁が柴崎から衣装を手渡されて着替えているであろう女子更衣室だ。

「おい、まだか?」

 ノックをしても返事がないことに痺れを切らした堂上はやや声を抑えてドア越しに話しかける。
 どうやら中で柴崎と郁が言い合っているらしい。

「もうっ! あたしはもう行くからね。ちゃんとそれで出てきなさいよ?」

 更衣室とは反対側の壁にもたれ掛かったまま待っていれば魔女の衣装に身を包んだ柴崎が出てきた。
 チッシャネコのような笑顔を称えているのを見て、堂上は嫌な予感がよぎる。

 今回のハロウィンの衣装を手渡されたのは今朝方だった。
 寸法などは測ったのか? と思いたくなるようなほどぴったりで誰しも心の中で思った。

 ――柴崎は敵に回すな、と。

 眉間に皺を寄せた状態の堂上に睨まれても、柴崎はただ微笑むだけだった。

「あぁら。やっぱり堂上教官にはソレが似合いますわね〜」
「余計なお世話だっ! それよりも郁はどうした…」
「なんとか着替えさせたんですけど嫌がっちゃって。心配なら中へどうぞ?
 あたしはもう行きますから。ではあとで」

 そのとき堂上は見えないはずの黒い尻尾が見えたような気がしたという。
 余裕を持って待ち合わせの時間を決めていたためにまだ時間には余裕がある。それも30分ほど。
 このままでは埒が明かないな、と腹をくくった堂上はノックのあと中に居るはずの郁へと告げた。
 中へ入るぞ――…と容赦なく。

 一拍置いてから中へと入ればロッカーの前で小さくなっている郁の姿が見えた。
 けれど大き目のタオルを羽織っているために衣装を見ることは出来ない。
 堂上はわざと音を立てて近寄った。

「郁?」

 先ほどから些細ではあるが公私混同しているな、と堂上は苦笑いせざる得ない。
 けれどこういう時の郁は苗字で呼ばれるよりも名前で呼ばれたほうが素直になるのを堂上は十分過ぎるほどに知っていた。
 だからこその公私混同なのだが――…。

「どうした? もう着替えたんだろう?」
「ううっ〜篤さぁ〜ん」

 すでに半泣きの状態であった郁は堂上の心配そうな表情をみてそのまま遠慮せずに抱きついた。
 たたらを踏んで倒れることを免れた堂上はそこで初めて郁の姿を見て唖然とする。
 しかし同時になぜ、自分の姿が吸血鬼ではなくこれだったのかを悟る。

「なるほど。――…ロボか」
「ふえっ?」

 今にも泣きそうな郁の頭を優しく撫でながら堂上は狼であるロボの衣装なのだと告げた。
 犬よりも大きめな耳とふさふさの尻尾は共通でだった。
 けれど郁は堂上の毛色とは明らかに異なる白く柔らかな色をしていたのだ。
 だからこそ、それがシートン動物記のものだと分かった。

「でもこれ衣装がショートパンツなんですよ?」
「なにっ?」

 堂上に思い切り抱きついていた郁を簡単にひっぺがし、その姿をまじまじと見つめる。
 衣装の要所要所に白のファーが付けられており、一応は柴崎の配慮が見てとれた。
 凝り性なのか、用意されていたストッキングはオフホワイトに近い色の編みタイツだった。
 どうやらそれが特に郁には恥ずかしいらしい。

「あのなぁ、郁」
「はい?」

 か細い返事を聞いて柴崎を恨むも、その実感謝せざる得ないだろうと堂上は悟る。
 おそらく、後日何かしらの要求はあるだとう、とも。

「シートン動物記のロボの話は知ってるよな?」
「あ、はい。この間子供達に読み聞かせてましたから」
「なら話は早いな。お前のその白い衣装はきっとロボの奥さんのブランカなんだと思う」
「ブランカっていうとあの罠にはまっちゃった雌狼ですよね?」
「身も蓋もない言い方だがそうだな。で、俺も同じような狼の衣装なのは分かるな?」
「はい。あ、もの凄く良く似合ってますよ?」
「ありがとな。で、今日は俺と郁が二人でバディを組むことは前もって柴崎は知っていたんだろう。
 小牧から聞いたのか、隊長が漏らしたのかはしらんがな…。まったくなにをさせたいんだが」
「???」

 きょとんとした表情を称えた郁を見て、堂上は自制心を揺るがされた。
 なにより、その衣装が郁のためだけに柴崎が用意したのだと分かるほど似合っていた。
 だからこそ煽られる。容赦ないほどに。

「今日のバディは俺だ。だがな、いつも以上に俺から離れるな。一人になるな。
 特にほかの野郎どもには近づくんじゃないぞ? あ、子供の父親にもだ」
「えっと…なんで?」

 衣装に合わせてだろうか、視界の端に見えたショートブーツにも白いもこもことしたファーがついている。
 柴崎にでさえ、美脚と言わしめる郁の足があらわになるのは嫌だ。が、すでに当日。
 おそらくコレを見据えて今朝、衣装を手渡したのだろう。

「ロボは愛妻家だろ? だったら俺もしてやるまでだ」
「なっ! それって公私混同っ!」
「それこそ今更だろう。こんな衣装を合わせて着せるんだ。どうせ隊長もこの件は知ってるはずだろう。
 まぁ柴崎にはしてやられたがな」
「ううっ。なんかいいように遊ばれてる気がする…」
「今更じたばたしても仕方ないだろう? だったら逆に開き直って楽しめばいいさ」
「…一人にしないで下さいね?」
「お前を罠になんか嵌めてたまるか」
「――…っ!」

 ちらりと時計で時刻を確認すればあと15分ほど余裕があることに気が付く。
 優しく郁の頭を撫でたまま、そっと唇を盗む。
 そのまま両手で郁の頬を包み込むようにしてより深い口付けを交わし始める。

 絶対に離れるなよ、と念を押しながらの口付けはまるで契約を交わすかのように――…。
 けれど、いつもよよりも短く済まされた口付けに、郁は物足りなさを感じた。

「これから仕事だからさすがにこれ以上は無理だ。そんな顔して煽るな。頼むから」
「ふえっ!?」

 ちゅぅっと可愛らしい音を立てて、郁の頬へと唇が触れた。
 同時に優しく頭を撫でられて、郁はじんわりと胸が温かくなってゆくのを感じた。

「すまん――…化粧が少し崩れた」
「あ、これならすぐに直せますから」
「そうか、なら廊下で待ってるから直ぐに来いよ?」
「はいっ!」



 その後、いつも以上に甘いオーラが垂れ流しな堂上夫婦はある意味見物で、同時に最強とも言えた。
 例年になく検挙率が良かったらしいのだ。二人のお陰というか、せいで。

 なにより、ハロウィンのイベントに参加していた女性陣たちは堂上の甘やかしっぷりに歓喜の悲鳴があがっていたという。
 そして子供達――主に女の子だが――にはあんな二人みたいな恋がしたいと親に言ったそうだ。
 そんな話を聞かされた父親はこっそり寝室で涙を流していたという噂が後日流れたという――…。


     〜 Fin 〜